日光例幣使道と玉村宿の歴史

  玉村町を東西に抜ける旧国道354号は、江戸時代、日光例幣使道と呼ばれ、徳川家康をまつる日光東照宮の春の大祭に、京都の朝廷より幣帛を奉納するために派遣される勅使である日光例幣使の一行が通るために整備された道です。

 例幣使は正保4年(1647年)より慶応3年(1867年)まで221年間、一回の休みもなく続けられました。

 玉村宿は、日光例幣使道第一番目の宿場であり、交通の要衝として栄えました。上新田村(群馬郡)下新田村(那波郡)から成り、四丁目から七丁目にかけて50軒程の旅籠屋たち並び、六丁目に本陣、四丁目と七丁目には問屋場が置かれていました。

 玉村宿は、慶応4年(1868)の大火により街道沿いの建物の多くが焼失しました。そのため、現存するものの多くは明治以降のものですが、宿場としてのたたずまいは今も受け継がれ、その面影を伝えています。

     例幣使様一行(イメージ) 画・T.S 
     例幣使様一行(イメージ) 画・T.S 

玉村宿まち歩きマップ

上記のマップは、玉村八幡宮、玉村町文化センター、玉村町役場、他旧354号沿いのお店にあります。まち歩きにご活用ください。

玉村宿のみどころ

    綿屋(堀米家) 農家づくりの遺構、長屋門
    綿屋(堀米家) 農家づくりの遺構、長屋門
  伊勢屋(猪野家)  土蔵寄り添う呉服店のたたずまい
  伊勢屋(猪野家)  土蔵寄り添う呉服店のたたずまい

   和泉屋(井田酒造) つたの絡まるかつての酒蔵
   和泉屋(井田酒造) つたの絡まるかつての酒蔵
    原本屋商店 町家づくりの店で昔ながらの商店
    原本屋商店 町家づくりの店で昔ながらの商店